関門地方に春の訪れを告げる「平家雛流し神事」は、その昔壇の浦の合戦に没した安徳*あんとく*天皇(一一七八〜一一八五 名は言仁*ときひと*。高倉天皇の第一皇子。母は建礼門院徳子。治承四年=一一八〇=即位。第八十一代の天皇。源平の戦に平宗盛に擁せられて西国に遷幸。平家の一族とともに壇の浦の海に入水)の霊を慰める行事として始まりました。
神宮近くの幼稚園児や氏子たちが作った紙びなを神殿に奉納した後、神職等の手で神宮前の
関門海峡へ一斉に流し家内安全を祈ります
。
ひな流しに先だって拝殿の水庭では、曲水*ごくすい*の宴が行われます。献詠者は、男性は狩衣*かりぎぬ*(公家の常用略服。もと、たか狩りに着用したが後世は公家・武家の礼服となった)、女性は袿袴*うちぎはかま*(=けいこ=明治十七年に制定された婦人の和装礼服。構成は袿*うちぎ*・単*ひとえ*・服・袴・檜扇・履など。昔の五衣*いつぎぬ*に似る)姿で巫女*みこ*が水に浮かべた杯を、花の付いた梅の小枝で操る盃*さかずき*に合わせ、献詠者は杯が自分の前に流れてくるまでに句歌を詠みます。
この行事は、昭和四十年(一九六五)に始まり今日に続けられています。
*参考資料:下関市の観光 下関市/編他
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